イチローの活躍

土井は1993年までをオリックスを率いたが3年連続で3位に終わる。1992年には後にオリックスチームを支えることになる田口壮、イチローの2選手が入団する。が、田口は土井の厳しい指導からイップスとなりイチローは高卒1年目から起用され、当時の近鉄のエースだった野茂英雄からホームランを放つなどある程度の活躍したものの、レギュラーに定着することはない。1993年限りでオリックス監督を退団した土井に代わり1994年より仰木彬が監督に就任する。仰木のもとでレギュラーとして起用されたイチローは初の規定打席到達にして日本新記録の年間210安打を樹立、当時のパ・リーグ新記録となる打率385を記録している。このイチローの活躍は社会現象にまでなり、その功績に対してオフには正力賞が贈られた。最終的に2位に終わったがイチローフィーバーに後押しされたオリックスは優勝争いにも加わり観客動員も球団新記録を大幅に更新する。

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